一日の終わりに読みたい軽妙な短編小説集 ケイト・アトキンソン『世界が終わるわけではなく』
皆さま、こんにちは。小暮です。いつのまにやら2月です。
今日はケイト・アトキンソン『世界が終わるわけではなく』についてです。
と、その前に一言。このブログのスタンスについて
このブログの記事をどういうふうに書いていくか考えていたのですが、器用なことはできそうになく、テーマとして取り上げた作品についてじっくり愚直に記事を書き続けていこうと……少なくとも暫くはそういうスタンスでやってみることに決めました。当初の「本棚に本が揃っていくように」というブログのコンセプトも、記事数が増えることで全うできるでしょうし、単純にいろいろな本を読みたいという気持ちもあります。更新頻度は気まぐれののろのろ。相変わらずのマイペースとなりそうです。
では、以下今回の本の感想を。
久々の表紙買いは吉と出る
ケイト・アトキンソン『世界が終わるわけではなく』……随分と前の記事で、読みたい本の一つに挙げていたのですが、ようやくの読了となりました。iBookでスタッフのお勧めコーナーに出ていて、巨大な猫がソファに腰掛ける表紙イラストに釘付け。以来、ずっと心に引っかかっていた本です。久々の表紙買いでしたが、当たりだったのではと思える一冊でした。
表紙の雰囲気そのままに、小洒落た作品、といった趣きです。短編集でありながら、すべての作品がゆるく繋がっており、不思議な世界観に惹きつけられました。
過去?現在?パラレルワールド?錯綜する舞台
第1話『シャーリーンとトゥルーディのお買い物』の舞台は現代の都市のようですが、テロ行為が横行し、銃撃戦すら起こるほど治安は悪化。なのに主人公の二人・シャーリーンとトゥルーディは、危機感ゼロで女学生のようなおしゃべりを延々と続けます。
『こことは別の世界が、もうひとつあるのかもしれない……でもきっと、こことそっくり同じなんでしょうね……』(『世界が終わるわけではなく』より)
というシャーリーンの台詞から、もしかしてパラレルワールドなのかもしれないという予感を読者は抱きます。後続の話の舞台は、明らかに20世紀の後半から21世紀のイギリスやアメリカです。しかし、イギリスの都市が舞台と思われる第8話『猫の愛人』では、冒頭の都市型豪雨の描写において、激しい突風によって魚や蛙、そして赤ん坊が空中に巻き上げられ、父親たちが我が子のキャッチに必死になり、間違えて鮭やイルカを抱えてしまうと、なにやら随分滑稽に描いています。
原文の英語だとかなり楽しめそうな言葉遊びがいたるところに散りばめられているということで(日本語訳なのでわかりづらかったのですが)、嘘かほんとか、虚構か現実か、曖昧な表現がかなりあり、それが物語に奇妙な味わいを加えています。
そして結局パラレルワールドなのかなんなのか判然としません。謎は謎のままとなっています。
つながる人々(深遠に或いは滑稽に)
前の話でほんの脇役だった人物が、後々主役になることもしばしばで、恋人も使い回し(というと随分ですが)。脇役で登場し、冴えない中年女性としか映らなかった人物が、主役として語られた内面世界のほうはなかなか魅力的だったりと、多面的に描かれるからこその人物像は興味深いものになっています。
トゥルーディとハイディ、セーラ・エマ・ハンナ、女系一族のゼイン家。繰り返し登場する名前は一定の法則を持っており、物語に小気味良いリズムを与えています。輪廻転生の思想も少なからず反映されているようですが、かなり独特の解釈です。
人物描写はシニカルさを感じさせつつ厭味がありません。つまり、視点が意地悪ではないのです。これは個人的に作家に求める資質の一つ。この作品とウマがあった大きな理由です。
ケイト・アトキンソンとの対話を楽しめるのか
結論としては、ケイト・アトキンソンという作家のセンスが遺憾なく発揮された作品だと思います。言葉遊びや空想的飛躍がテーマの物語は、作家とセンスが合うかどうかが鍵です。テンポよく読めるかがすべて。ほんの小さなことでも引っかかって途切れたら、そこでオシマイになってしまう。
作家と気が合いそうか。本の上での対話(むしろ会話?)を楽しめそうか。こうした問いへの答えがダイレクトに読めるか読めないかを左右しそうです。
人を選ぶ作品には違いありませんが、評価は高めだと感じました。つまり、ケイト・アトキンソンと気が合う人が多い……ということかもしれません。
まとめと感想
軽やかな読後感です。
いつも読む本が粘度の高い液体を味わうようだとしたら、この作品は精製された結晶体を食すようでした。美しい雑貨の描写が多々あるので、雑貨好きという人も読んでいて楽しい作品だと思います。表紙イラストが気に入った人には特にお勧めです。また、不思議な世界観を持った短編集は、いい具合に気持ちをフラットにしてくれて、夜寝る前の読書にうってつけでした。