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辣腕政治家の若き日々。清少納言『枕草子』~頭の弁行成篇~

 

皆さま、こんにちは。グレコです。

今日は頭の弁行成に焦点を当ててみたいと思います。

 

頭の弁行成について

頭の弁というのは役職名で、弁官を兼ねている蔵人頭のことです。

行成は、歌才と美貌で名高い藤原義孝の子として生まれましたが、

父親が夭折したため、母方の祖父を後ろ盾として育ち、特に出世には苦労しています。

蔵人頭は当時の出世コースの登竜門であり、大抜擢の起用でした。

行成は見事にこのチャンスを掴み、後に道長の側近として活躍します。

頭の弁として、後宮の取次ぎを行う役目を果たすうち、

6歳年上の少納言と親しくなったようです。

枕草子』では良き友人として語られています。

 

エピソード1

『二月、宮の司に』

二月のある日、少納言の元に行成から贈り物が届きます。

見事に咲いた白梅の枝と手紙を添えて、餅餤というお餅が二つという内容。

手紙にはナゾナゾのような文章が、見事な文字で綴られています。

『この男は自ら参上するところを、昼は容貌が明らかになるのがいやなので、参上しないのです』

葛城の神(夜の神)の伝説をもとにした内容です。

中宮定子に見せたところ、定子は名筆を喜んで手紙を手元に置きました。

さて、赤い薄紙に紅梅の枝を添え、『自ら参上しないしもべは冷淡だと思われますよ』と

返事をしたら、「しもべが参りました」と行成がやってきました。

「立派な手紙だったので、歌でも詠んで寄越したのかとゲンナリしていたら、大変面白い内容でした。私などに歌を詠みかけるのは却って風流の心がないというものです」

昔の夫の則光みたいなことを言うなあ、と面白がる少納言

このお話は後日、帝の耳にも届き、気が利いた遣り取りだとお褒めだったそうです。

***

この贈り物が届けられた日は、どうやら、伊周・隆家の従者による花山法皇襲撃(法皇の袖を矢で射抜いた)事件の直後だったのではないかと思われます。

長徳の変後としていましたが、お詫びして訂正いたします。道隆の没後、数ヶ月にわたり、道長と伊周が宮中で口論になったり、道長と隆家の従者が何度か乱闘騒ぎを起こしたりするなど、関白の座をめぐって一触即発の時期。法皇の一件で、一気に伊周・隆家の分が悪くなったころではないかと。2017年4月追記)

行成には、やきもきしていただろう梅壷を見舞う意図があったと思われます。

ただ行成は道長派なので、表立って見舞いとは言いにくい。

それを踏まえての贈り物だったのでしょう。

少納言も返事を出す前に作法を確認するなど、相当念を入れていて、「的外れなことをしないように」という緊張感がうかがえます。

少納言の返事に対する言葉は、和歌が苦手という行成の事情がありました。

歌人として名高い父を持っているので、かなりのコンプレックスだったでしょう。

その代わりに腕を磨いたのかどうか、行成は大変な名筆家として知られています。

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エピソード2・その1

『職の御曹司の西面の立蔀にて』

この段は盛りだくさんなので、分けて書きたいと思います。

 

取次ぎの相手として、少納言を非常に贔屓にしていた行成。

指名は当たり前で、局(自室)に下がって休んでいても呼んでもらい、

挙句の果てには、少納言が休暇で実家に帰っていても訪ねてくる。

「ここから手紙を出して中宮に取り次いで下さい」

「そんな頑固じゃいけませんよ」

少納言は呆れて釘を刺すのですが、行成は聞き入れません。

常々、歌を詠みかけてくる女が嫌い、と口にしている行成ですが、

これは歌を詠むのが苦手なため、返歌に苦労するからというのが理由でしょう。

こういう言い方だと、女房たちからは嫌われますよね……。

少納言以外は全員ギクシャクしている状態だったのかもしれません。

 

エピソード2・その2

この時代、身分ある女性は男性と御簾を隔てて会話する常でした。

廊下を移動するときにも扇を持ち、家族かよほど親しい人にしか顔を見せなかったのです。

少納言に顔を見せて欲しいと言う行成。

不細工だから厭です、と答える少納言を、説き伏せようとするのですが……。

「私は、目が縦につき、眉が垂直に生え、鼻が横向きについていようとも、口もとに愛敬があり、顎から首がきれいで、声が可愛らしい人ならば、嫌いになりません。……と、言っても、あんまり酷いと、つらいけど」

これはたぶん、自分で言っていて、途中でその顔が浮かんだんじゃないかと。

前半が少納言の顔の見えない部分で、後半が見えている部分なのでしょうが、

最後のテンションの下がり方があからさまです。

 

エピソード2・その3

ある三月の朝、眠っていた少納言

突然、一条帝と定子が現れたので、飛び起きます。

大慌ての少納言に、笑いながら帝は定子と御簾の向こうの蔵人たちを眺めて、

「ここにいるのを気づかれるな」と言います。

どうもちょっとしたイタズラ心を起こしたようです。

二人が行ってしまった後、呆然としていると、

今度は御簾の端が少し持ち上がっていて、なんと、行成がそこから顔を出しています。

少納言ははっきり顔を見られてしまいました。

悲鳴を上げると、行成は笑い出し、

女は寝起きの顔が一番美しいと人から聞いたから見に来たのだ、と言います。

帝にはイタズラを仕掛けられ、行成には強硬手段に出られ、

少納言には散々な朝。

 

他、『頭の弁の、職にまゐりたまひて』や『五月ばかり、月もなう』も

面白い内容となっています。

 

行成との関係

枕草子』に登場する行成は、二十代後半から三十代初めにかけての青年です。

変わり者で世話が焼けるが見所もある人物として、好意的に描写されています。

少納言とはすごく仲の良い様子です。

行成自身が書いた日記『権記』は、お堅く事務的に書かれており、

全く印象が違います。

淡々とした書きっぷりからしても、確かに風流人ではなさそう。

少納言の最愛の人は恐らく最初の夫の橘則光なので、

行成のことを「則光みたい」と言っているのは最上の誉め言葉でしょう。

則光は無骨で風流のフの字もない人物でした。

もしかしたら、若い行成に、遠い日の則光の姿を重ね合わせ、

放っておけなかったのかもしれません。

 

まとめと感想

少納言はかなり贔屓して、行成の良いところを書いています。

枕草子』でも、皮肉屋なのはうかがえますが、

一方で、一風変わったユーモアを発揮したり、

頑固と紙一重で一途なところがあったりと、魅力的な部分もある。

そこを書いてあげたい、という想いが少納言にはあったのでしょう。

ただ『枕草子』に出てくる行成はまだ青年です。

後の有能な政治家としての行成像と『枕草子』でのイメージはイコールではない。

若き日の行成の輝きもまた、『枕草子』に封じられているようです。

枕草子―付現代語訳 (上巻)

 

明日は『枕草子』~清少納言篇~の予定です。

それではまた。

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