美しくも問題作だった、森鴎外『舞姫』

 

皆さま、こんにちは。小暮です。2月です。

今回は森鴎外著「舞姫」についてです。角川文庫の古い本を読みました。表題作ほか「うたかたの記」「文づかい」読了。翻訳の「ふた夜」は割愛。「普請中」収録されず。文語体で読みにくさ抜群でした。細かい文意を拾いきれていないかもしれません。けれども、とても情趣豊かで美しかったです。

 

鴎外初期の名作「舞姫

鴎外の作品の中でも特に有名な「舞姫」ですが、短編であることにまず驚きました。私の手に取った本で25ページ。鴎外がドイツ留学時に交際した女性がヒロインのモデルとされます。あらすじは以下のとおり。

官職にある太田豊太郎は洋行の命を帯び、ドイツ留学を果たします。しかし、滞在が長引くにつれ、豊太郎は機械的に職責を果たす一官吏としての生き方に違和感を感じるようになっていました。寂寥を抱えすごしていたある日、街を散歩していた豊太郎は、貧しい少女エリスと出会います。

泣いている美しい少女を気の毒に思った豊太郎は声をかけ、貧窮している彼女に金銭援助を申し出ます。これが縁で、エリスはたびたび豊太郎の滞在先を訪ねるようになり、二人の噂が広まってしまいます。噂はやがて官長の耳に入り、豊太郎は免官の憂き目に。新聞社に雇われ、なんとか糊口を凌げる身となりますが、賃金はわずか。踊り子として働くエリスとその母親の家に同居するようになり、つつましくも幸福な暮らしを送ります。

エリスとは一児を設けるのですが、豊太郎の友人・相沢は豊太郎をいさめてエリスと縁を切るようにすすめます。折りしも、相沢の口利きで大臣の目に留まり、豊太郎の出世の道が再び開けようとしていました……。

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豊太郎とエリス

結論からいうと、豊太郎はエリスを捨てて出世の道を選びます。豊太郎の裏切りを知ったエリスは絶望し、狂ったようになってしまいます。

いつも芸がないので今回例え話をしてみようと思いますが、エリスの気持ちとしては、バーブラ・ストライサンドの「Cry me a river」の歌いっぷりのようなものではないかと(ピーコさんとおすぎさんが紹介していた歌手ですが、まるで寸劇のような迫力ある歌唱です。興味のある方はYouTubeで検索してみてください)

後日談と思しきエピソードが描かれたという「普請中」では、大人の対応の女性が出てくるようですが……。

一方の豊太郎。弱い心と自らを評し、相沢はいい友人だけど彼を憎む気持ちが今日まで残っている――と結んでいます。深く心が傷ついているのは確か。この豊太郎の悔恨が物語を読み応えのあるものにしていると感じます。

 

熊谷直実の伝説と豊太郎の悔恨

ここで引っぱり出したいのが、「平家物語」で語られている平敦盛熊谷直実のエピソード。能の演目にもとられている有名な話で、簡単にいうと、戦場で少年だった敦盛を討ち取った直実は、同じ年頃の息子を持っていたこともあり、深く心を痛め、仏門への信仰を篤くするというものです。

よく「死ぬのは一瞬だから、手にかけた側の心の傷のほうが長い間背負い続ける分つらい」というような言い方をされますが、これには反対。自分が切り殺されることを考えてみてほしいと思う。

ただ人を手にかけたことを、なんとも思わないって人も稀ですよね。豊太郎はエリスに対して、敦盛に対する直実のそれと同じような感情を抱いた気がするのです。

 

鴎外自身と「舞姫

私小説は周りの人間も巻き込む分、あまり好きではありません。娘の森茉里がエッセイに書いているけれど、鴎外の「半日」などはどうなんでしょう。未読ですが。

舞姫」は知られているように、鴎外のドイツでの恋愛が元になっています。相手がドイツ人で、しかも「実話が元になっています」といちいち公表するわけではなかったのでしょうが、この件では家族にも迷惑をかけていて(エリスが日本まで鴎外を追ってきたので)事情を知っている親類縁者が読んだら呆れる気持ちもあったのではと。

内容が内容だけに、発表当時には批判を浴びたといいます。さもありなん。

 

しかし、物語として美しい『舞姫

(2017.2.11.追記)発表当時、「恋愛より功名をとった」と批難されたという「舞姫」ですが、それでも物語として美しいのは、豊太郎にエリスへの情があるためではないかと。ひどい目に合わされたら、どう思っていたのか聞きたくもなるでしょうが、情はありましたという答えですよね、きっと。

 

まとめ

こんな問題作だと思っていなかった「舞姫」。文語体ですが、わけがわからないというほどではありません。「うたかたの記」も「文づかい」も美しい情景が目に浮かびます。映像化しても見ごたえがありそうです。

文語体が気になるなら、こちらの現代語訳がいいのではと思います。

娘の森茉里の随筆についてはこちら。ブログを始めたてのころに書いたもので、クオリティがありませんが一応。

glleco.hateblo.jp

 

うたかたの記』『文づかい』あらすじ

(以下追記)せっかくなので「うたかたの記」と「文づかい」のあらすじも書いておきます。

うたかたの記

ドイツの美術学校を訪れた画工の巨勢には、ぜひ絵にしたと願う題材がありました。巨勢はドイツの友人エキステルに連れられて入ったカフェで、モデルを務める少女マリイと出会います。彼女は、巨勢がかつてドイツを訪れたときに救い、ぜひとも絵にしたいと願ったスミレ売りの少女の成長した姿でした。

一週間後、巨勢に貸し出されたアトリエを訪れたマリイは、身の上話を始めます。彼女は宮廷画家スタインバハの娘でしたが、狂気に取りつかれた国王が王宮で母を襲い、助けようとした父は暴行を受け帰らぬ人に――。母はマリイを連れて田舎に住みますが、やがて病の床に伏し、マリイは幼い身でスミレの花を売るようになったといいます。母亡き後、各所を転々とし、ついにはモデルとして美術学校に雇われたというのでした。

マリイは巨勢を、母亡き後、彼女を育ててくれた漁師が住む、スタインベルヒの湖へと案内します。が、この湖近くのベルヒ城には、狂人となった王が居を移していました。巨勢のこぐ小船に乗ったマリイは、岸を散歩していた王と湖上で再会を果たすのですが……。

 

「文づかい」

請われて思い出話を始めた少年士官の小林。洋行し、ドイツのザックセン軍団についた彼は、演習場で馬上のイイダ姫の姿を見出します。同隊のメエルハイムと大隊長ともに、姫の父ビュロオ伯の居城を訪ねることになりますが、どうやら男爵家出身のメエルハイムとイイダ姫の間に縁談が持ち上がっている様子です。

無口で近寄りがたい印象のイイダ姫ですが、二人きりになったとき、小林は姫から「縁のない外国人だから」という理由で、一つの手紙を託されます。小林は忠実に、姫の伯母であるファブリイス夫人に手紙を届けました。

やがて、新年を迎えた王宮で、小林は宮女となったイイダ姫と再会します。姫は小林に礼を言うとともに、その心の内を語ってくれたのでした――。

2作とも、ドイツに洋行した日本人青年が主役です。創作であるためか「舞姫」より夢幻的な印象があります。

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