大正浪漫・少女小説の決定版。吉屋信子『花物語』

 

皆さま、こんにちは。小暮です。

今日は吉屋信子著『花物語』についてお届けします。

 

女学生のバイブル『花物語

吉屋信子は大正時代に活躍した少女小説家として知られ、10代から書き始めた短編小説集『花物語』は当時の大ベストセラーとなりました。

少女たちに愛好され、女学生のバイブルと評されるほどの人気ぶりだったといいます。

吉屋信子は年齢を重ねてから純文学作品も手がけるのですが、やはり若き日に発表した一連の少女小説作品の印象が強い作家です。

花物語』には、少女を主人公とする短編が合わせて52本収録されており、すべての題名が花の名前になっています。

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和洋混在する繊細な世界観

返らぬ少女の日の

ゆめに咲きし花の

かずかずを

いとしき君達へ

おくる。

(『花物語』序文より)

 

 物語は、初夏の夕暮れ時に、ある洋館の一室に集まった7人の少女たちが、おのおの話を語りだすところから始まります。

ブロンドの伊太利の少女とピアノの上に置かれた一輪の鈴蘭……薬玉の簪を残して去った友人が聞かせてくれた思い出話……白萩の小路の奥で出会った少女尼僧……大正という時代を映して、和洋入り雑じった世界観の中で、少女たちが織り成す繊細で美しい物語が綴られています。

 

少女の夢と憧れ

52作品の中で、私が特に好きなのは、姉妹と病弱な少女との交流を描いた「名も無き花」、少女の優しい心遣いが報われる「緋桃の花」、塔と少女の悲しい物語「梨の花」。

グリムやアンデルセンなどの童話の影響も感じられ、明治の文明開化以降、激変した日本の価値観が伺えます。

女学生が主役の話が多いのも特徴です。当時、親と婚家という二大巨頭の支配から解放される期間だった女学生時代は、それ自体が夢のようなものだったのかもしれません。ヨーロッパ風の小物に、美しい着物や簪、帯、そして花々。心震えるような繊細なシーン……物語には、少女たちの憧れが詰め込まれているといえそうです。

 

「S」とは?

 『花物語』を読むときにキーワードとなるのが「S」という言葉です。英語のシスターの頭文字を取ったもので、当時流行したという少女同士の友人以上恋人未満の関係を指しています。(これに対して、少年同士の同様の関係を「B」といいます)

「S」についてはいろいろな解釈があり、著者自身は女性のパートナーがいたようなのですが、多くの少女たちにとって「S」は流行の範疇を出なかったのではないかという気がします。それまでの日本では、女友達という概念がはっきりしていなかったようですし。また憧れの女学校生活の醍醐味といった面もあったのではないでしょうか。

 

まとめと感想

多感な少女たちのことを指し「箸が転んでも可笑しい年頃」という言い方をしますが、同時にこの時代の少女たちは「箸が転んでも泣ける年頃」でもあります。

雲がひとひら千切れて流れ、ノートに折り目がつき、明日が来ることを思うだけでも物悲しい。

花物語』では、そうした感性を持つ少女たちの姿が、大正時代というフレームの中に切り取られて存在しています。

 

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