頭痛の前兆で歯車が見える。「閃輝暗点」と作家の苦悩。芥川龍之介『歯車』
皆さま、こんにちは。小暮です。ややお久しぶりです。
今日は芥川龍之介著『歯車』についてご紹介します。
『歯車』について
芥川作品の最高傑作という声もある、評価の高い作品です。
主人公の「僕」が頭痛の前兆として幻視する透明な「歯車」が
不安の象徴の一つとして描かれています。
もともとこの作品の仮題は『東京の夜』『ソドムの夜』『夜』だったそうで、
『歯車』をタイトルにしたのは人の助言によるのだとか。
「歯車」ほか多くのモチーフに象徴される、
「僕」の不安が主題の小説です。
あらすじ
知人の結婚披露宴に向かう途中、「僕」はレエン・コオトを着た幽霊の話を聞く。
その後、レエン・コオトを「僕」はたびたび目にすることになり、
遂にはホテルで執筆中に、義兄がレエン・コオトを来て鉄道自決をしたという
話が飛び込んだ。
作家稼業の「僕」は”先生”と呼ばれることも、
作品について話されることも嫌っている。ファンレターも破って捨てる。
本屋にカフェにと街を彷徨い、西洋文学を読み漁るが、
偉大な作家からも闇を抱えた人生を感じとり、絶望感に打ちのめされる。
「僕」の目の前に現れるもの……黄色いタクシー、
黒と白という銘柄のウィスキー、頭痛の前の透明な歯車……
そのすべてが「僕」を苛だたせ、追いたて、神経をすり減らす。
厭っていた家にふと郷愁を覚えて久し振りに帰宅すると、
激しい頭痛が「僕」を襲った。こらえて横になっていたら、
別室にいて何も知らないはずの妻が「お父さんが死にそうな気がした」と言った。
歯車と閃輝暗点
閃輝暗点とは、
頭痛の前兆として視覚障害が起こり、
ドーナツ状にキラキラと光るギザギザしたガラス片や、ノコギリのふちのようなもの、あるいはジグザグ光線のような幾何学模様が稲妻のようにチカチカしながら光の波が視界の隅に広がっていく。(Wikipediaより)
原因は、脳の視覚野の血管収斂による血流変化と考えられているようです。
芥川の『歯車』に出てくる症状も、現代では閃輝暗点だと解釈されています。
しかし、作中からは、芥川が精神的な病ではと苦悩しているさまが見て取れます。
芥川の実母は精神に異常をきたしたといわれ、
また当時はこの種の病は遺伝すると考えられていました。
そうした事情から、芥川は病への不安を抱いていたといいます。
おそらく閃輝暗点の解明は今ほど進んでおらず、
(今でもすっかり解明されたわけではないようですし)
原因がわからないのが不安を高める要因になったのでしょう。
まとめと感想
芥川の晩年の作品は『河童』ほか、
作家の苦悩が吐露された小説が多いといいます。
『歯車』における不安は深刻で、
疲れ果てて神経が弱っている状態が詳述されています。
なんでもない日常の世界が、その神経に突き刺さる。
それを誰にも相談できず、家族も友人知人もいるのに心は孤独です。
作中で「僕」はA先生と呼ばれており、
数々の「僕」にまつわる作家としてのエピソードからしても、
「僕」イコール芥川として間違いはないでしょう。
芥川の神経が参っているのは、その身体の健康が損なわれていたのが
深く関係していたと思うのですが……
その心中が投影されているという芥川の晩年の作品については、
全部読んでみたいと思います。
本が本を呼ぶ……!
読みたい本に困ることはなさそうです。