怪奇作家が描く運命の恋。夢野久作『押絵の奇蹟』

 

皆さま、こんにちは。小暮です。

昨日から3日間、不思議を扱った小説をご紹介しています。

2回目は夢野久作著『押絵の奇蹟』について。

切ない不思議がテーマです。

 

夢野久作について

大正から昭和の初めにかけて活躍した作家です。

出家して還俗したり、新聞社に務めたりと、複雑な経歴です。

怪奇幻想の作風で知られ、代表作『ドグラ・マグラ』は

日本三代奇書の一つに数えられています。

 

『押絵の奇蹟』について

主人公の女性の手紙として書かれています。

人間不信的な心理描写に長けるこの作家にしては、

珍しいともいえる純愛がテーマの作品。

味つけがだいぶこってりで、禁断の匂いもあり、

途中残酷描写も挟むんで、さわやかとはとても言えません。

しかし、親子二代にわたる悲恋が、

切々と訴える手紙という形式によって、哀切色濃く描き出されています。

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『押絵の奇蹟』のあらすじ

病室で、歌舞伎役者の中村半次郎(本名・菱田新太郎)に手紙を書く井ノ口トシ子。

ピアノ教師のトシ子は、舞台で演奏中に喀血し、病院に運び込まれていた。

そのとき客席にいた菱田が病院の手配を行ったというが、

トシ子はもともと、有名人であるという以上に菱田のことを知っていた。

彼女は福岡博多の出身で、母親は絶世の美女だった。

そして、押絵作りの名人でもあり、以前、菱田の父の中村半太夫が

博多に興行に来たときに、押絵が縁で何度も公演に足を運んでいた。

菱田はトシ子の母に生き写しである。

そして、トシ子は菱田の父に生き写しなのだった……。

「不義は身に覚えがない」とトシ子の母は言いきって、父に斬られ、絶命した。

その場に居合わせ、母にすがった幼いトシ子もまた斬られ、一命を取り留めたものの、

自害して果てた父をも失った。

複雑な想いで、出生の秘密を自分なり調べていくうちに、

トシ子は一つの不思議な学説に辿り着いたと手紙で菱田に訴える……。

昔のヒロインは、兎に角しおらしくなければいけなかったようなので、

手紙の文章は読みにくいくらいにへりくだっています。

作中に奇妙な学説が出てくるあたりが夢野久作らしい印象です。

 

まとめと感想

歌舞伎の女形が相手役というのがすごく時代を感じさせます。

大正から昭和初期のあの時代をしっかりイメージして、

時代劇なんだというのを頭に入れて読むと楽しめます。

途中に出てくる奇妙な学説がなければ、

ただのドロドロした話になるんでしょうが……

これがあることで恋心のなせる不思議という要素も成立しています。

ただ、主人公が切ない願いを託しているだけにも思えると言えばそう。

悲運の人生を生き、肺病によって命も尽きかけている運命を考えれば、

このくらいの希望はあってほしい。

作家自身は含みを持たせたまま、どちらともとれるようにして、筆を置いています。

明日はフランツ・カフカ『変身』の予定です。

それではまた。

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