少納言の忘れえぬ人?清少納言『枕草子』~橘則光篇~

 

皆さま、こんにちは。小暮です。4月です。

今回は清少納言枕草子」より、橘則光に焦点を当ててみたいと思います。

 

清少納言の最初の夫・橘則光

橘則光清少納言の最初の夫です。一子をもうけますが離婚。その後、少納言が宮仕えを始め、宮中で再会してからまた親密に。周りから「せうと(兄)」「いもうと(妹)」と呼ばれる仲でした。

少納言は生年不詳ですが、妹と呼ばれていることから則光よりも年下だろうとされています。

ちなみに少納言の2番目の夫は藤原実方だったといわれ、この人は第86段「宮の五節出させたまふに」に登場しています。美貌で名高い人ですが、ずいぶんな遊び人だったようですね。実方には行成との因縁めいたエピソードもあり、こちらも面白いです。

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枕草子』と則光

枕草子」では、数こそ多くはないですが、印象的な則光のエピソードが語られています。

藤原斉信の部下だった則光は、第78段「頭の中将すずろなるそら言を聞きて」の終盤に顔を出していて、少納言の手柄を「これは、身のため、人のためにも、いみじきよろこびにはべらずや」と手放しで褒めています。

このエピソードについてはこちら。

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則光が主役なのが第80段「里にまかでたるに」。78段・79段からの流れで読むと、やたら距離を詰めようとする斉信に辟易としている少納言と、上司と元妻(現友人?)の間で板ばさみになっている則光の関係がよくわかります。

第80段「里にまかでたるに」のあらすじ

休暇をもらい、都の私邸ですごしていた少納言は、今の自分の居場所をごく親しい人にしか知らせずにいました。居場所を知らせた人物のうちの一人が則光でしたが、斉信が少納言の居場所を突き止めようと、ことあるごとに則光を問い詰めているようです。

少納言に口止めされていた則光は、苦し紛れに「台盤の上に布(め)のありしを取りて、ただ食ひに食ひまぎらはししかば、中間にあやしの食ひ物やと、人々、見けむかし(とっさに置いてあったワカメを食べてごまかしたが、人々から白い目で見られた)」

訪ねてきた則光からこの話を聞かされた少納言は、ワカメを食べたという部分が気に入ります。

後日、則光から「明日の夜に頭の中将(斉信)が物忌で籠もるので(則光も付き従うことになり)、どうやら一晩中追及されそうだ。どうしようもないのでもう居場所を言ってもいいだろうか」という文が届き、返事代わりに少納言は使者にワカメを持たせました。

少納言としては、「ワカメを食べたあのときのように、言わないでいてくださいね」という意味をこめたのですが、則光は無風流の評判をとる人物。

後日訪ねてきて、「中将に責め立てられたので、しかたなくあちこちいいかげんな場所を連れ回ったら、激怒された。どうして、あなたは返事もくれないで、ワカメなんかよこしたのか」と機嫌の悪い様子です。

機知が通じなかった少納言はカチンときて、和歌を書きつけた紙を御簾の下から渡そうとしますが、根っからの歌嫌いの則光は、

「歌詠ませたまへるか。さらに見はべらじ」と、扇であおぎかえして、帰ってしまいました。

その後、疎遠になってしまった二人。

ある日、則光から手紙が届きます。仲直りを示唆する内容だったのですが、少納言は則光が嫌いな和歌で返事を出してしまい、それっきりになってしまいます。

 

清少納言と則光

このやり取りのあった翌年、長徳四年(993年)に則光は遠江の介に任官されて都を旅立ち、永遠の別れになってしまいました。

田辺聖子さんの小説・枕草子「むかし・あけぼの」では、二人がどんなふうにうまくいかなかったのかがよく描かれています。打てども響かない夫にストレスがたまる少納言と、保守的で浮気性の則光。やっぱり一緒にいるのは無理だったんだろうなと。

少納言は意地っ張りで「絶対に折れない!」というところがありそうです。則光としては、もう少しねぎらってほしいでしょうし(というか、則光の苦労に一言もない……)。

機知が通じないことで少納言が怒るのは、それまでの打てども響かないストレスが呼び水になっていたとも考えられます。

「むかし・あけぼの」についてはこちら。少納言と中宮定子がメインの記事ですが一応。

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経房の中将との対比も面白い

ところで、第80段には源経房 という人物も出てきます。少納言と非常に仲がよく、枕草子の草稿を少納言の元から持ち帰り、宮中に広めたのは経房だったとか。

この経房も少納言の居場所を知っている一人で、そのことは則光も承知しているのですが、経房のようにうまくごまかせず、斉信の標的になってしまっています。

経房という人は枕草子の随所に顔を出しながらも印象的なエピソードがなく、その分そつのなさが感じられる人物です。

経房との対比で、則光の不器用な人柄か浮き彫りになるところも興味深いですね。

 

まとめ

 「枕草子」で好意的に描かれている男性たちのうち、一条天皇は別格、中の関白家は主家、斉信と行成は立場上の付き合いがあることを考えると、則光は特別な感じがします。

エピソードからは則光への気安さが感じられますし、最も心を許していた人だったのかもしれません。

(あのとき、和歌じゃなくて、普通の手紙を出していたら……)

少納言としては、後々そんなふうに思い返したこともありそうです。

 

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